ただいま、小学校教師1年生のコロモンの超ウルトラマイペースなブログ。たまーにいいこといってますから、ちょくちょくチェックしてみてくださいね!


by kolomon
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ふるさとに帰って・・・

 最近はいろいろ自分の人生について考えることばかりでした。仕事のこと、恋愛のこと、自分自身こと・・・前のブログの記事でも強く生きていこうと思っていたけど、頭ではわかっていたけど、正直、ずっと発狂しそうな日々が続きました。仲のよい友達もすごく心配してくれました。でも、友達の前ではやっぱり強がってしまいました。本当は支えてほしくてどうしようもなかったのに・・・。どうしようもない自分の気持ちに押しつぶされそうな日々が続きました。この日々はいつから続いたのだろうか、仕事を始めてからか、ずいぶん前から続いてような気がします。人前ではいつも明るく、笑って振舞っていたけど、いつも心の中は満たされない感情でいっぱいでした・・・。自分の心が闇に押しつぶされそうでした。すてに心が闇に負けていたのかもしれません。現実から目をそらす日々も続きました。

 そんな中、今はふるさとに帰ってきています。ふるとさに帰ってくると時間がゆったりと流れます。その分、自分の人生のことを自然と考えてしまいます。でも、ふるさとの友達と、海で焚き火をして、砂まみれになった肉を焼いて食って、満天の星空をながめて、天の川を見つめていると不思議と気分が落ち着きました。細かいことで悩んでいる自分が、なにかちっぽけに思えました。星空を見上げながら、涙があふれてきました・・・。

 この地はいろいろな意味でやっぱりふるさとなんだなと感じました。それと、とても感動したことがありました。自分の親父が飲み屋に行くたびに僕や兄貴のことをうれしそうに、そして、自慢げに語っていたそうです。「一番下の奴は、本当にいい男でよ、東京で小学校の教師としてがんばってんだよ。」という具合だそうです。同級生の一人がたまたま飲み屋でうちの親父と会って、そんな話を聞いたそうです。正直、恥ずかしく思えたけど、親父の気持ちがすごくうれしく感じました。なんか、悩んでいた自分がとても小さく思えました。孤独だと思っていたけど、人間はいつも孤独かもしれないけど、でも、どこかで見捨てずに見守ってくれる人がいるんだなと思いました。やっぱり人間は孤独だけど、一人じゃないんだなと感じました。孤独を受け入れるなどと前の記事書いていましたが、本当はそれもヤケだったのかもしれません。孤独でいたくないそんな気持ちがやっぱりあります。だから、親父の話聞いたあと、誰もいなくなってから、涙があふれてきました。
 
 はっきりいって、うちの親父はホントどうしようもないやつです。でも、この親父のもとに生まれて本当によかったと思いました。そういえば、どっかで自分を支えてくれていたのが、親父の言葉だったように思います。僕が勉強を自分からするきっかけになったのも、親父言葉でした。「知的好奇心が旺盛だなんて、普通いわれないぞ、こりゃ本当にすごいぞ!はっはっは!」中学校の時の通信簿を見ながら、親父はうれしそうに褒めてくれました。
 
 もう迷わず、強く、強く生き抜いてやる。時にはやっぱり愚痴りたくなるときがあるかもしれないけど、今の気持ちをずっと忘れずに、生きていきたいと思います。今の気持ちになれたこと、ふるさとに帰ってきてほんとうによかったと思います。結局、自分が求めていた答えの結論はすごく簡単なものだったように思います。でも、簡単な言葉だったかもしれないけど、その簡単なものを見つけるのが実は大変なんじゃないのかなと思います。これは誰しも、みんなに共通しているように思います。
 
 ふるさとに帰ってきて、少し心の整理がついたように思います。心の弱い自分、それも自分、そして今の自分の環境。本当の意味で受け入れるということがわかったように思いました。そして、人に甘えることは決して恥ずかしいことじゃないんだなと感じました。というのも、ここ最近、とある事件を通じて、自分のすべてを受け止めてくれる人たちに出会いました。ずっと、自分でさえ、受け入れる事ができなかった自分を受け入れてくれた人たちに出会えたこと、本当に幸せだったように思います。そして、この人たちは本当に身近にいた人たちでした。本当はどこかで、自分をすべてを受け止めてくれる人を求めていたのかもしれません。でも、強がったりしちゃうから、本当の自分が出せなかったんだなぁと思います。出せなければ、出せないほど、自分で抱えてしまって、それが闇に変わって・・・。どうしようもない情けない自分になっていくんだなと思いました。振り返ってみると、僕はいつも一人ぼっちでなにごともこなしていました。よく「一匹狼」だなんて言われたこともあります。「他人を信じよう」なんてよく言っていたけど、本当は自分が一番信用していなかったんですね。

 ここ最近、本当に考えさせられました。これからは、もっと強い自分、本当の意味で強い自分になりたいと思います。 思いつくままに書いてしまいました。いろいろ心配してくれた方々、本当にありがとうございました。コロモンはこれから、ちょっと生まれ変われるような気がしました。

 にしても、ネット社会ってのはすごいモンです。こんな恥ずかしい事おおぴろげに多くの人に見せちゃうわけだから。確かに自己満足の世界だけど、こうやって書く事で、また、自分の中の気持ちが整理されるように思います。だから、こうゆうことっていいなってやっぱり思います。
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# by kolomon | 2006-08-16 17:15 | kolomon 秘密の・・・
 今日は初任者研修といって、1年目の先生の研修でした。今日は、第7回で、お互いに週案(週ごとの学習指導計画と指導記録を書き込む冊子のこと)を初任者同士で見せ合いっこしました。他の初任者の週案はほんとにすごく、ぎっしりと毎週の授業計画と計画された授業の1時間1時間のリフレクションが書かれていました。みんなまじめだなー・・・と思いました。ちなみにコロモン毎週の授業計画は授業の活動を書いたら、あとのスペースはいつも斜線を引いていました。それをみた指導主事の一言。

指導主事 「斜線多くねー。」
コロモン  「はっはっは!」

いやー、笑うしかありませんでしたよ。
 週案を書くときの大切なポイントとして、今日の研修では、

①授業計画にめあてが書かれているか。
②授業計画に評価の観点が書かれているか。
③その授業(本時)がその単元の何時間目であるか書かれているか。
④本時のリフレクションが書かれているか。

ということがあげられました。今後はコロモンも少しでもこれらのことを書けるようにしていきたいと思いました。でも、あくまで、「少しでも」ね。もし、コロモンが他の初任者のようにあんなにいっぱい授業計画書いても、それに時間かかって、教材研究できないと思うので・・・。なんか本末転倒になりそう・・・。
 しかし、授業計画に自信のないコロモンですが、指導記録の方はけっこうがんばってます。指導記録には、主に子どもの授業の様子やそれに対して教師がどういう指導を行ったかということと、子どもの生活の様子やそれに対して教師がどういう指導を行ったかということを書きます。ということで一部抜粋してみました。みなさん、こんな指導どう思いますか???

 ●月●●日の帰りの会について
 Yくんが「友達と話そう」の中で、クラス全体に向かって、「給食のときに笑わせるのはやめてほしい。」という意見をぶつける。というのも、これまで3年●組では、特に給食の時にみんなが楽しく食べれるよう、Nくんがみんなを笑わせるという風潮が暗黙の了解になっており、多くの子どもたちが楽しく給食を食べていた。しかし、何人かの子は給食時のマナーがよくないと不満を感じていた。「食事が進まないからやめてほしいと思う。」とTさんからも意見がでて、Nくんも「Yくんがそういうなら、俺やめるよ・・・」と反省した面持ちで自分の思いを述べた。ここで、この件に関して落着かと思ったところ、Iくんが「聞きたい人は聞けばいいと、聞きたくない人は聞かなければいい」と述べる。「聞きたくなくても聞こえる可能性がある。」とYくん、Tさんが反論するも、「だったら、耳栓を持ってくればいい」とIくんが話はじめる。また、そのときのIくんの態度が真剣なものではなく、ケラケラとYくんをばかにするような態度だったことから、クラス全体からIくんに対して不満の声が集まり、他の子たちの何人かからIくんの態度に対して「おかしいよ」と意見が出ることとなった。「真剣な話をしているのに、よく笑っていられるね。」とKさんが述べたところ、Iくんは「笑ってなんかいない、なにまちがえてるんだバーか。」とKさんに言葉をを返す。すると、Kさんはその言葉を受けて大泣きし始めてしまう。「人が目の前で泣いていて、よくそんな態度をしていられるね」とKくんがIくんに声をかけ、続けて「そんなことをしていたら、友達なくなるよ」とNくんがIくんに声をかける。「俺、友達いなくなんないもん」とIくんは2人の言葉にこたえる。「なんでそんなふうにできるの、おかしいよ」とYくんが声を上げるが、Iくんは「ふつうだよ」とまったく他人の意見を耳に入れていない様子を続ける。そんな議論の中、時間は最終下校時刻となる。教師は、「時間もないので、今日の帰りの会で思ったことを感想カードに書いてきてください。」と指導をし、子どもたちを下校させた。
 明日の帰りの会では、今日の帰りの会について再度取り上げ、Iくんが今日の自分の態度をしっかりと振り返ることができたという回答がクラス全体に言えることを期待したい。
 
 ●月●日の帰りの会について
 「友達と話そう」の中ではIくんからクラスに向けて話をすることになった。今日の午前中の段階では、「昨日のことどう思っている?」と教師が個別にIくんに問いかけると、「はじめからあんなことしなければよかった。」と言葉を返し、「そのことを帰りの会でみんなに伝えてみない?」と教師がIくんにさらに問いかけたところ、「いいよ、俺、こうゆう時、にげちゃうやつだから・・・」とクラスの前で自分の思いを伝えないことをIくんは望んでいた。「帰りまで考えておいてくれないか、もし気が変わったら声をかけてくれ」と教師はIくんに言葉を残した。帰りの会の前までにIくんが声をかけてくることはなく、再度教師の方から「どう?」と声をかけると、Iくんは「やっぱりいい・・・」と自分の思いを告げる。「勇気を出して、がんばってみようよ、俺はおまえを悪者にはしたくない。今のままだったら、おまえみんなから悪者扱いだよ。俺はおまえにそうはなってほしくない。昨日のことだって、やっぱりやらなければよかったって思えているじゃん。おまえは悪者なんかじゃない、勇気を出してがんばろう?」と教師の思いを告げると、Iくんは静かに首をたてにふった。いよいよクラスの前でIくんが自分の思いを告げることになった。しかし、前に出たものの、Iくんからなかなか言葉がでてこない。クラス全体が静寂につつまれ、5分くらい静寂がつづいたときだったであろうか、「昨日はごめんね、今度からふざけたりしないようにするね。」とIくんが口を開いた。思いを告げるまでに時間がかかったものの、Iくんが思いを告げ終わったあと、教室は拍手に包まれた。「逃げずに言えたね。」と教師がIくんに声をかけると、Iくんはほっとした表情で涙を流し、そのまま自分の席にもどった。帰りのあいさつが終わり、「よくがんばったね。」と声をかけ、教師がIくんの頭をなでると、Iくんは照れくさそうにほほえんでいた。
 この笑顔がIくんの成長の証としてこれから続いてくれることを心から願いたい。

 という感じの記録を毎週B51ページ分ぐらい書いてます。もちろん毎日は無理ですが、その週で一番印象に残った子どもの様子(授業または生活)を書くんですが、結構分量があって大変なんですよこれが。読んでおわかりの通り、コロモンは指導記録を

①ナラティブ調(物語調)で書くようにしています。
②子どもの発言をこと細かく書くようにしています。
③内容はその場の雰囲気の様子や事実として行われたことを中心に書き、できるかぎり主観的 な偏った解釈表現をしないように心がけています。
④最後に教師のその子に対する願いを書いています。

 というふうに書くことにしています。もともとコロモンがロマンチストということもあるのですが、このような指導記録をコロモンが書くには、実は深い意味があって、このような形式で記録を残すことで、

①記録を読み返したときに子どもの解釈の幅が広がります。(もしかしたらこういう子だったのか も・・・ みたいな)
②子どもの様子をつながりとしてとらえることができます。(その子の個の様子が詳しくわかるよ うになります。)
③どんな指導だったか具体的にわかります。指導内容に関してリフレクションもしやすくなりま  す。
④なんたって読み応えがあります。(読んでて楽しい。)

 ということが可能になります。例えば、上記のコロモンの記録を
「Iくんはみんなの前で友達にひどい発言をしたことを、クラスの前であやまることができた。」
 なんて抽象化した表現で書いてしまったら、どうでしょうか。果たしてIくんがどんな子なのかみなさんに伝わるでしょうか。

 って感じでコロモンはがんばっていまーす。ちなみにこの指導のせいで、実は首になりかけています。その話はまた今度・・・。
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# by kolomon | 2006-07-29 02:54 | 徒然なる教育のままに・・・

フラレて・・・

 今日は久々に気が向いたので少し書こうと思います。とはいっても今日はずいぶんコロモンの私的なことです。

 実は最近、約3年間の間、付き合っていた恋人と別れることになりました。理由は他に好きな人ができたそうです。とはいえ、単なる浮気というわけではなく、原因は自分にあったようです。 
 4月から教師としてのコロモンの生活が始まりました。自分の実践を通じて自分のクラスの子どもたちが大きく変わっていくことは、なによりうれしかったのですが、管理職や保護者の数名がそのことにまったく目を向けようとせず、保護者の1人はずいぶん積極的に学校にクレームを寄せていました。もちろん、多くの方が応援してくれましたが、クレームのような悪い評価の声というのは、悔しくも、良い評価の声よりもよく響くようで、そのたびにコロモンは管理職から理不尽な指導を受けていました。その理不尽な指導の内容は、クレームをもとに指導されるわけですが、そのクレームの内容が実は事実とはまったく異なるもので、やっていないことの謝罪を求められ、そして謝罪しろ、というものでした。納得のいかない日々が何日か続きました。もちろん、理不尽で正当でないという抵抗を管理職にぶつけはしましたが、「そんなことをいっているとやめさせるぞ!」という指導を何度も受け、結局はその1人の保護者にとにかくあやまさせられました。それからというものは、管理職の指導がかなり厳しくなりました。服装や、出勤時間、毎日のお茶入れ、歩き方にいたるまで・・・とにかく管理職の目につくこと、気に食わないことはすべて指導を受けました。従わなければ、来年はクビ。もうこうなると指導の内容うんぬんは物言わず、とにかく従うしかありません。非常に窮屈です。理想とかけ離れた実践を行う自分が大嫌いで、ものすごく孤独感を味わいました。でも、まぁ、いわれたとおりこなしてはいますが・・・。そして、話の付け足しで、もちろん、その保護者の子どもは、つまりは、子どもは親の鏡であって、保護者と同様の他者理解の欠ける人種だといえます。親の前では良い子にしていたいらしく、とにかく自分は悪くないと親に主張するようでした。しかし、それでも子どもというのはすごいもので、コロモンの指導を受け、少しずつですが変わっていくようすが見えるのがなによりの救いでした。

 話はもどり、そんな日々が続き、ストレスか、残業のせいか、体重も4月から6キロも減りました。そして、当然のことながらやりきれない思いは、どこかに向くわけで、自分の恋人に自分のやりきれない不満をもらすことが多くなっていきました。 学校での孤独感をぬぐってほしかった、そんな思いからかもしれません。そんな不満をもらすコロモンに彼女は耐えられなくなったそうです。突然、「最近ときめかなくなったの・・・」といわれました。確かに昔はいつも前向きで、いつも夢を語るコロモンでしたが、ここ3ヶ月は、夢への失望と、現実への怒りばかりを語っていたように思います。たった、3ヶ月でずいぶん自分が情けない人間になっていたのだなと思います。また、それに気づかない、さらに情けない自分がいました。

 そんな中で、恋人は自分のことを好いてくれる他の人の方に気持ちが移っていってしまったようです。今思うと、3ヶ月間、自分の恋人に甘えてしまっていたのかなと思います。恋人には本当に申し訳ないと思いました。彼女は彼女なりに、コロモンのことを考えぬいていてくれたようですが、でも、移り変わる気持ちは押さえられなかったようです。

 人の気持ちをつなぎとめるのってホント難しいことだなと思いました。思えば、コロモンの恋愛はいつもいつもフラレてばかりの人生でした。4回女性と付き合ったことのあるコロモンですが、そのすべてが結局はフラレるという結末でした。もしかしたら、付き合ったすべての女性にいつのまにか、甘え、情けない自分をさらしてしまっていたのかもしれません。コロモンの中では、甘えることは、つまり、自分がよりその人のことを思えばこそできるものであると思っていましたが、それを受けた相手は、実はどんどん気持ちが離れていってしまったのかもしれません。自分が思えば思うほど、相手は離れていく。「恋愛は惚れたほうの負け」という言葉がありますが、よく人生、特にコロモンの人生をよくあらわしているなと思いました。

 恋人が別れを告げることはとても勇気のいることだったと思います。また、そうゆう恋人でした。今回のことを通じて、自分が大変な状況にあるからこそ、他者に甘えてしまってはいけないのだろうと思いました。また、つらいからこそ前向きに生きていかないといけないと思いました。誰だって愚痴をこぼすような人間をよくは思わないはずです。いつのまにはコロモンは暗く、さみしい人間になっていたのかなーと思います。だから、気持ちに整理のついた今は、恋人にすごく感謝したいと思います。彼女は別れを告げることでそのことを、前のようにいつも夢を語っていてほしいとコロモンに教えてくれたのかもしれません。自意識過剰かもしれませんが、そう思っています。
 
 彼女との生活は、本当にすばらしいものでした。さまざまなところに一緒にいき、ともに体験し、笑いのつきない生活でした。お互いいつも笑いあえました。コロモンもそんな彼女の笑顔がとても好きでした。彼女は自分の笑顔を嫌っていたようですが、コロモンにはなによりも素敵な笑顔に見えました。彼女といるだけで本当に気持ちが落ち着き、すばらしい時間が流れていました。

 でも、今はもう、求めてもそれらは手に入りません。どうしてこうなってしまったのか、正直悔やまれる気持ちでいっぱいになります。でも、終わりがあるから、今までのことが本当に素敵な思い出になるのだなとも思います。また、彼女はコロモンにもっと成長してほしいという願いもこめて、自分から幕を引きました。その彼女の思いにもこたえなければとも思います。

 これからは、たとえどんな状況でも、強く、前向きに生きていける人間になりたいと思います。愚痴や暗いことをこぼすのではなく、その中で、次へとつながる明るい話題をこぼす人間になりたいです。

 今はなぜかとても落ち着いた気持ちです。なんでだろう。 すごく孤独な自分なのに。思えば、幼い時から孤独な日々が多かったように思います。いつも孤独を抱えていた自分がいたように思います。今まではそのたびになにかに頼らないと自分が保てなかったように思います。孤独を感じるたびにやりきれない思いになり、誰かに甘えたくてしょうがなかった気がします。今も孤独です。でも、抱いている気持ちがちがう。この落ち着いた気持ちは、孤独という今の状況を肯定的に捉えられるようになったからなのかなー。これは彼女が教えてくれたことなのかな。

 別れをとめる術は僕にはもうありません。また、孤独な人生にもどります。でも、前とはずいぶん違う人生になるように思います。孤独を受け入れ、孤独と向き合い、孤独を言い訳にしない人生。僕の今後の人生がそうありたいと心から思います。

 ただ、それでも、僕は君を好きでいたいです。僕は不器用な人種だから、心から好きになった人をすぐに忘れることなんてできません。だから、これからも片思いでいいから、君のことを想うだけでいいので、それだけ・・・。

 これからは、孤独だけど強く生きていこうと思う。きっと2学期はもっと子どもたちと明るく向き合える気がします。そんな孤独なコロモンの最近でした。読みにくくてすみません。ロマンチストに書いてすみません。でも、今日のコロモンはそんな風に書きたかったんだと思います。

 
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# by kolomon | 2006-07-24 23:18 | kolomon 秘密の・・・
 この一ヶ月間なかなか採用が決まらず、不安な毎日を過ごしておりましたが、ようやく勤務地がきまりました。結局現在住んでいる家からもだいぶ近いH市です。ぱちぱち。F市は結局不採用になってしまい、かなり凹んでいたのですが、(しかも外見でおとされたらしい・・・憎)H市の面接では面接官の方がとても誠実な方で、コロモンのことをよく理解してくれたらしく、ま、無事に決まってよかったよかった。小学校の先生がんばるぞ!
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# by kolomon | 2006-03-11 22:11 | kolomon 秘密の・・・
 2月に入っり,コロモンと正規合格者のみなみなさまが待ちわびた東京都小学校教員採用の採用面接の案内が始まりました.今か今かと待ってわびるコロモンでしたが,一向に電話が来ません.不安になり,友達やらに昨年度の状況などを聞きまくるほど取り乱し,非常に憂鬱な2月を過ごしておりました.が,ついに昨日,待ちに待った採用面接の案内の電話がコロモンのもとにきました!!!いやったー!!!しかも,採用候補地として電話がかかってきた教育委員会はなんと第1希望のF市!!!区外ではもっとも良い教育環境であると前評判のF市からかかってきたのはコロモンも予想外でした.なぜなら,ほとんどが自分の希望地になることが少ないと聞いていたからです.確かに採用希望地にはずうずうしくも「F市」と書きましたが,いやー,人生自己主張してみるものだと改めて思いました.電話がかかってきただけで,まだ採用が決まったわけではないですが,面接は2月の19日.ここで一発かまして,サクッと採用決めたいと思います.ってことで,それまでに証明写真とんなきゃ.写真屋で撮ると意外とお金かかるんだよねー・・・
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# by kolomon | 2006-02-12 05:08 | kolomon 秘密の・・・
 さーて,ひさびさにコロモン名言集より名言です.今日,塾で子どもたちに以下の言葉を伝えてみました.みんな「なるほど!」と思ってくれた様子でよかったよかった.この記事を読んでいる方々は以下の言葉に対してどのような感想をお持ちになりますか?

 だめなことをだめしかいえないやつはだめなやつだ. (コロモン名言集より)


 この名言のような人ってけっこう身近にすると思いませんか.コロモンはそうゆう人は人格的にも,さみしい人だなって思います.だめなことにだめっていってしまうと,本当にだめになってしまうじゃないですか.一見だめだと思われるけど,そこに光明を見出せたらどんなにすばらしいことでしょう.だめっていってしまうと,そこで思考もそのだめなことが持っているかもしれない光明も消えてなくなってしまうのではないかとコロモンは思います.たとえだめなことでも,なぜだめなのか,どうしてだめなのか,その部分を考えることで,だめなことは実は自分を鍛えてくれるすばらしい題材へとなることができると思います.多くの人が常にこうゆう考え方が実践できれば,きっと心が豊かな社会になるのかなーとコロモンは思っています.ちなみにコロモン曾遊考え方ができるようにがんばりたいと思います.今日はちょっと抽象論でしたが,わかっていただけたら幸いです!
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# by kolomon | 2006-01-28 02:51 | コロモン名言集より
 今回は,Tribniaさんの「ブログ対談」に対してのコロモンの考えを載せていこうと思います.時間をおいてから考えてみると,また違った見方ができるなーとちょっと思いました.
 基本的にTribniaさんの意見をそのまま抜き出し,それに返答するような形で進めていきます.ぜひ一読あれ!

> 信頼関係がなければどんなに高尚な言葉も届かず、ゆえに教師の信頼や信用を失墜させるような言動は慎むべきであると考えます。
 
 コロモンとしては暴露することで子どもからの信頼を失うことにはならないと考えていますし,逆に子どもからの信頼を得る材料にすらなりえると考えています.信頼を得る材料となる理由は,「コロモンの意見 ①」で挙げたとおりで,「教師の人間性が子どもに響く」ということです.しかし,Tribniaさんが会話の中でおっしゃっていたように「方法論として成り立つためには否定的な状況になった時のことも考えておかねばならない」という観点から,もし,信頼がなくなってしまった場合どうするかということに関しては「コロモンの意見 ①」で載せたように,否定的な状況になったことはつまり,子どもに重大な問題があるという発見につながり,その後のより良い対応を考えることが可能になるです.より良い対応の弊害についてもTribniaさんは述べていますが,それはけっして弊害ではありません.後述いたしますが,なぜなら,学校はチームでその子を指導することができるからです.たとえ,暴露した教師の言葉が届かなくとも,他の教師の援助を受けることで,その子に暴露する以前よりも良い教育を行うことが可能になります.

 
> コロモンさんの言う教育は、優先順位が知識よりも人格教育にあるような印象を受けます
 
 それは,印象ではありません.知育と人格教育はまさに一体です.公教育の目的は「学力」を子どもたちに培うことです.「学力」とはけっして「学んだ力」だけを意味する言葉ではありません.「学力」とは「学ぼうとする力」や「学びたいと思う力」,「学んだことを関係づける力」といった多くの力を包括した概念です.つまり「学力」という言葉自体の持つ本当の意味は「総合的な力」のことなのです.「この子はできる.」と思う子の多くが人格的に優れているものをもっているという事実はみなさんも経験的に納得できるはずです.

> コロモンさんの言う教育は、優先順位が知識よりも人格教育にあるような印象を受けますが、僕はそれは基本的に家庭の役割であると考えます。家庭が崩壊している昨今では、その役割まで教育現場に求められていますが、もともとは家庭の問題です。家庭の崩壊が父権の失墜に始まったことに学び、教師の失墜を起こさないように行動するべきではないでしょうか。
 
 もともとは家庭の問題というだから,公教育ではする必要がないとおっしゃるのは,「目の前で火災が起きているのに,普段から防災をしておかないからいけないんだ」というほどの論外な意見だとコロモンは思います.ちなみに,父権の失墜は,むしろ父親が子どもに対して自分勝手な都合の良い論理を押し付けたり,子どもに対して無関心だったり,子どもと無難に付き合ったり,自分の悪い行いを隠蔽したりすることが原因で引き起こされたものだとコロモンは思いますよ.父親が自分の非を認めることは逆に子どもに信頼されるのではとコロモンは思います.

> 重要なことは問題の発見ではないはずです。代償が大きすぎ、その代償となった子どもへの教育は疎かになる(失敗)となります。リスク回避する道こそ求められるものだと思います。
 
 教育者はここで取り上げられている暴露で生じるリスクぐらいは背負ってでも,その子がどうゆう子なのか知る必要があるとコロモンは思います.また,たとえ暴露してしまった教師が信頼されなくなったとしても,学校はチームで指導にあたることができます.その場合は他の教師の援助を受けつつその子に対するより良いが行えることは可能です.
 さらにここで付け加えたいことは,ここで教師が暴露してしまっていいのか,そのリスク判断は常日頃の学級経営にあるということです.Tribniaさんのいうようなリスクがあまりにもでるような学級であれば,暴露するべきではないとコロモンも思います.ただし,この暴露ぐらいで信頼を失ってしまうような教師であれば,もしかしたら,教師としての資質が足りないのかもしれませんね.

> 人間ゆえに犯してしまっている過ち・間違いに関しては隠しても良いと言っているのです。
 
  隠しても良いとコロモンも思います.人間ゆえです.しかし,そのような隠蔽が続くことは,「過ち・間違いがバレなければ良いという風潮」を助長するのではないかともコロモンは考えています.人間ゆえに犯してしまっている過ちだからこそ,そうゆう過ちを犯したときにどう行動するか,しっかりと子どもに示すことが大切だとコロモンは思うのです.そして,暴露こそがどう行動するかをしっかりと示せる有効な教材,手段だと考えています.もちろん.教師が毎回自分の過ちを暴露しろとはいいません.しかし,暴露してまで子どもに伝えたいことがあると考え,暴露しようとする教師なのか,そうではない教師なのか,その両者には教育者として雲泥の差があるように思います.もちろん雲がどちらかは明白です.

 子ども 「先生だってそうゆういけないことしているんでしょ.」
 教師  「先生がそんなことするわけないだろ,先生はみんなのお手本なんだから」

 このような応対をする教師が本当に信頼されるとTribniaさんはお思いですか.

> ルール遵守を教える立場であるなら、他の職種よりもそうした話題に触れる機会が多いはずです。その時に嘘をつかなくても済むような生活を営んで欲しいということです。

 それは理想論的すぎな内容です.すべてにおいて完璧に嘘をつかなくて済むような生活をできる人間がいますか.このような理想論を用いてしまっては生産的な議論なんてできませんよ. 

> 教師が「友達」感覚で子どもと接する必要はなく、むしろ弊害なのです。教師は「立派な人」を演じる必要性があると思います。嘘をつくのではなく、演じる必要性です。昨今、母親が娘と友達のように付き合うことで、母親と娘が対等になってしまい、社会的問題になったではありませんか。父権の失墜にしろ、母親の友達付き合いにしろ、家庭崩壊の過程に学校は学ぶべきではないでしょうか。

 これから書くことは,新たな議論を呼びそうですが,議論の的がズレないように簡潔に書かせていただきます.
 教師が「友達」感覚で子どもと接することは弊害ではなく逆にメリットだとコロモンは思います.子どもを教育するうえでもっとも大切なことは,「今,その子どもがどうゆう子なのか」を知ることです.それを知らなければ,正直教育はなにも始めることができません.では,どうやって知るか.もちろん知り方にも多くの方法がありますが,大切なことは「その子の本音や本当の姿を知る」ことです.ここで教師が「友達」感覚で子どもと接することのメリットが現れてきます.教師が「友達」感覚で子どもと接することで子どもは自分の本音を打ち明けやすくなります.「本音を打ち明けるなら友達の方が良い」これは誰しも経験があることだと思います.
Tribniaさん自身も自分が「Tribniaさんのいう教師」という立場だからこそ,「教え子」の本音がわからなかったことがあると思います.また,友達であっても尊敬できる人間は誰にでもいることでしょう.「友達感覚になる」=「権威がない」という図式は成り立たないとコロモンは思います.Tribniaさんだって多くの友達から尊敬されているではありませんか.
 家庭崩壊の原因はけっして母と娘が対等になったからではありません.

> 本来は教師や家庭や友人関係で分担して培われていたものを教師が一身に引き受けることには現実的に無理です。教師とはなんぞやという原点に戻り、現在、教師に求められてきた「付帯業務」を削り捨てていけば、教師に残るものは知育だと思うんです。

 現実的に無理であろうとも,教師は引き受けようとしなければならないと思います.教師の原点とは「教育が人間を作る」です.原点に戻るからこそ,引き受けるべきであるとコロモンは考えます.

> あくまで優先順位の問題です。従って、一番に来るべきものは人格教育ではなく、知育だと言っているのです。コロモンさんの教育論は、住み込みで教えるというような「全人教育」でふさわしいと思います。大勢を相手にする学校現場では、もう少し異なった方法を持ち込むべきではないでしょうか。

 少なくとも昨今の異常ともいえる社会問題の多くが,知育を最優先においた教育の末路であるとコロモンは考えています.ゆとり教育がそのような社会問題を引き起こしたわけではありません.みなさん自身が生活の中で感じる「学歴社会のゆがみ」がその象徴的な理由です.ゆえに,Tribniaさんのいわれる『住み込みで教えるような「全人教育」』やコロモンの行おうとしている人格教育は進んで公教育の場で行われるべきであるとコロモンは思います.

> その葛藤の題材は知的な、純粋学問的なことでやるべきであって、教えている教師その人が題材となり、果たして良いのか悪いのかというところを判断させることはないと思います。

 教師その人が題材になってしまうぐらいデリケートな問題だからこそ,子どもたち与えられる葛藤の持つ教育的意義が大きいのだと思います.さらに言えば,Tribniaさんのいうような純粋学問ではここでとりあげられているような葛藤を子どもたちに与えることは不可能に近いと考えられます.なぜなら,学問とは常に正解があるからです.子どもに葛藤が与えられるためには,とりあげられる教材や題材に「正解はわかっていて,正解を行わなければならないのだ,正解を行えない難しさがある」という教材性がなければいけません.正解を行えない難しさとは,例えば「たばこは吸わない方がいいと知っているけど,吸いたい・・・」というような人間的なもので,人間的なものであればあるほど良いとコロモンは思います.具体例のように簡単に結論がでない問題だからこそ,子どもたちの思考はより深まっていくのです.そのような視点に立つと,教師その人が題材になることは格好の教材であるといえます.
 
 さてここまでで,「教師が非を非と知りつつ、その非を教える立場の人間が今日まで違反し続けてきたこと」を子どもに暴露することの教育的意義の重要性はわかっていただけたように思います.しかし,今回のブログ対談でTribniaさんとの焦点になっていることは,「公教育という場で,リスクを負ってまでそのような暴露を通じ子どもに葛藤を与えるべきか」です.
Tribniaさんの意見は確かに納得できるものです.正論です.しかし,Tribniaさんの意見は「教育」自体を否定する性格を持っているように思います.なぜなら,教育すること自体がTribniaさんのいうようなリスクをすでに内包しているからです.
しかし,コロモンはそのリスクも考え方によっては,さらに逆手にとり,より良い教育ができるという可能性をブログ対談上で示しました.今回の対談でもっともコロモンが述べたいことは,「リスクを恐れていては本当にその子に響く教育などできるわけがない」ということです.そのリスクがあまりに大きいか,実は大きくないか,それは教師の普段の学級経営にゆだねられているように思います.
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# by kolomon | 2006-01-27 03:29 | 徒然なる教育のままに・・・
 最近コロモンはネットサーフィンをするうえでなかなか便利なソフトを手に入れました.それはルナスケープという名称のタブブラウザソフトなるもので,使い始めたきっかけは偶然そのソフトがあるサイトに行くことができ,そんでもってわけもわからずダウンロードしてしまったことです.はじめは「なんじゃこりゃ・・・」って思っていたんですが,使ってみるとこれがまたかなり便利なこと.みなさんはネットサーフィンをしている時,どんどん,どんどんインターネットエクスプローラのウインドウがたまっていってしまって,気がついてみると,ものすごい量のウインドウの束になっていて,「さっき見たやつがまたみたーい」と思っても,どれがどこにいったかわからなくなり,結局見つからずイライラすることってありませんか.このタブブラウザ,ルナスケープを使うとそんなイライラも解消です.なぜなら,このソフトを使うと,ひとつのメインウインドウで,今まで勝手に開きまくっていたすべてのウインドウが管理できるのです.すごい!!!さらにRSSリーダも搭載しているので,見たいブログのURLを登録すれば,そのブログが更新したかどうかも一目瞭然!便利!!!なんとも説明下手なコロモンなのは周知のとおりですので,興味がある方は下にそのソフトをゲットできるサイトのURLを載せておきましたので,ぜひおためしあれ.

http://www.lunascape.jp/download/

ダウンロードの関してはとりあえず正式版を採用すればいいと思います!
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# by kolomon | 2006-01-20 01:38 | kolomon 秘密の・・・

おいっすー!

 dyjobyate さんから大晦日にバトンが回っていたのにまったく気がつきませんでぴた!ってことで今回は2回連続でバトンについての解答を載せてみたいと思います.

1.回してくれた方に対しての印象を。
   
 → 天然系芝糖式

2.周りから見た自分(特に高校の友達から見たですが)はどんな子だと思われていますか? 5つ述べてください!
 
・ ちょーしこき.(芸能関係やってたし,生徒会長やってたし,スクールバックにどらえもん30匹ぐらいぶら下げてたし,学校には下駄で行ってたし・・・)
・ なにを考えているかわからないやつ.(学校では一言もしゃべりませんでしたから.よくいえ ばクール???)
・ 顔こすぎじゃねー.(最近わかった事実,おばあちゃんのおじいちゃんがどっかの外人さんらしい.自分の両親ともあんまり似てない.もしかして覚醒遺伝・・・)
・ 授業中はいつも寝てるやつ(授業=安眠タイム!)
・ 友達がいないんじゃねー.(高校時代はとある事情から教室ではいつも一人ぼっちでした.)

 → ってか高校の友達でつながっている人,一人もいねー・・・コロモンってさみしい奴・・・

3.自分の好きな人間性について5つ述べてください  

・ 包容力のある人!細かいことは気にしないが一番!
・ 自分に自信のもてる人!自分が幸せじゃなきゃ,人なんて幸せにできないぜ!自信のある 人は輝いています!
・ 偽善的でない人!たてまえばっかりなやつは大っきらい.もっと現実を見ろ.人間は醜いも のです.でも,醜い部分もあるから人間なんです.
・ 理想を持ちつつ現実の中で迷い続ける人!!!「これが正しい」と決めつけず,その時点で正しいと思ったことに向かい,また悩み,正しいと思うことをさがす.こうゆう人間  が成長し  続けられる人間だと信じています.
・ ついつい笑いがこぼれてしまう人!人は幸せだから笑うんじゃないんです.笑うから幸せな んです.

4.では反対に嫌いなタイプは?

・ なにかと細かいことをつっこみただる人.自分に余裕がないからそうゆうとこに突っ込みたがる.
・ なんにつけてもネガティブな発想しかできない人.もっと冒険しようぜ!
・ 自分のことを棚にあげて,真実を話そうとしない人.
・ その場にいる一番弱い立場の人を考えることができない人.もっと気をつかってください.
・ 「君,人の話を聞いていないね」といって,実は自分が一番話を聞いていない自己中な人.

5.自分がこうなりたいと思う理想像とかありますか?
 
 いつまでも自分が善いと思ったこと,すばらしいと思ったことに対して,素直に変革しつづける ことができる自分こそが理想です.
 
6.自分の事を慕ってくれる人に叫んでください!!
 
 ありがとうございます.( ̄∇ ̄)ゞ

7.そんな大好きな人にバトンタッチ

 コロモン友達少なし・・・今後の課題は社交性だ!!!誰かうけとってください.
 届け君の心に!
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# by kolomon | 2006-01-19 02:18 | kolomon 秘密の・・・
 しばらくパソコンに触ることができない状態が続きました.というのも,コロモンは最近大型の液晶テレビを購入し,そのセットのために一時パソコンも解体?したのですが,片付けている最中にインフルエンザにかかってしまい,寝床からまったく動くことができず,パソコンは触れず,体調も悪くという時間が続いてしまったのです.
 それにしても大型の液晶テレビは快適です.以前に高校生の時のお年玉をはたいてかったテレビを壊してしまってからまったくテレビをみることがなかったのですが,やっぱテレビが家にあると入ってくる情報量がちがいますね.世間と近くなった感じです.ただ,おもしろい番組にはまってしまうという欠点がありますが...
 今日は Takash iさんよりいただいたシークレットバトンを載せたいと思います.
回答だけお願いしまぁっす♪
Q1
 ピップエレキバンを身体に3カ所貼るとしたら身体のどこから貼りますか?
 3カ所を順で答えてください。
 
 → あそことあそことあそこです!
Q2
 食事はゆっくり派?それとも早い派?

 → 非常にゆっくりです.
Q3
 アイスを目の前に出されたらくわえる?それとも舐める?
 目の前だされたら○○○○とお答えください。

 → べろべろなめまくります.
Q4
 ソバは音をたてる人?それとも静かに音をたてない人?

 → 音たてまくりです.
Q5
 生卵の白身を口にいれた感想は?

 → にょわー.
Q6
 Q5の質問で異性が「飲んで!」っていったら飲む?

 → その異性の人によりますね.
Q7
 耳掃除は 奥まで? それとも 浅く?

 → おくの細道まで.
Q8
 耳の掃除は 棒でかき混ぜる感じが気持ちよい?
 それともゴミが 出る瞬間が気持ちよい?
 
 →かき混ぜる感じがいいなー.
Q9
 寝ている時に布団を かけられるのが好き? それとも かけてほしくない?

 → すきー.
Q10
 ケーキを食べているときに口の周りに生クリームがついたらどうする?
 舌で舐めてとる? それとも ティッシュで拭く?
 
 → ふく. 
Q11
 携帯は持ってる?  持ってない?

 → 持っています.
Q12
 携帯は 毎日使う? それとも たまに使う?

 → 毎日使います.
Q13
 携帯は 電池式? それとも 手動?

 → 全自動でーす.
Q14
 ゲームをスルなら何人としたい?
 A:一度に2人  B:一度に3人 C:仲良しで4人以上

 → C
Q15
 そのゲームは楽しかった?  それとも  思ったよりつまらなかった?

 → 超たのしー!
Q16
 格闘競技はどっちが好き?
 激しいのがいい  もしくは  激しくないほうがいい

 → 超はげしいので.

このシークレットバトン,誰かうけとってー...
Q17
 このバトンをまわす人5人。
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# by kolomon | 2006-01-18 03:13 | kolomon 秘密の・・・